個人 / 外付けHDD
デジタルデータリカバリー(DDR)のサービスをご利用されたお客様の声
佐伯 二郎 様
写真に“人生”が残っていました。
今回デジタルデータリカバリー(DDR)にご依頼のあった佐伯様は、富士通に約25~6年在籍し、58歳頃に退職後、当時ではまだ珍しかった“遠隔監視設備の設計、製造”の事業をご自身で始めました。
ネットを通して遠隔で画像を監視して、怪しい動きや不審なことがあればその場所の鍵が施錠されるシステムを考案し取り付けまで行なっていました。
67歳の時に事業をお辞めになり、現在は奥様と2人暮らしをし、近くに住む5人のお孫さんと遊びながら楽しく生活してます。
紛失したデータ
家族や幼い頃の写真、ドキュメント・メモなど
データ紛失の経緯
今回、障害に遭った機器は購入2年目のI-O DATAの外付けHDD(2TB)でした。普段から自作PCや、AcerのノートPCにLANを通じて繋いでいましたが、ある日突然このHDDがメディアを認識しなくなりました。
すぐI-O DATAのカスタマーセンターに電話したら「機器が壊れている可能性がある」と言われました。何度もこういう経験があるので壊れたことに対して特に怒りはなかったです。カスタマーセンターでは、リカバリーではなく修理の案内だけあり、見積もりは診てからと言われました。
すぐI-O DATAのカスタマーセンターに電話したら「機器が壊れている可能性がある」と言われました。何度もこういう経験があるので壊れたことに対して特に怒りはなかったです。カスタマーセンターでは、リカバリーではなく修理の案内だけあり、見積もりは診てからと言われました。
データ復旧について
このサービスがあることは知っていました。インターネットでデータ復旧会社を検索するとデジタルデータリカバリー(DDR)が出てきましたが、どうやって見つけたか忘れてしまいました。
特に復旧したかったデータとその中身
私自身の幼少時代のデータも含め「人生そのもののデータ」が全部詰まっておりました。また、自分だけではなく両親や子供や孫の写真もたくさんありました。過去のアナログ写真を全てデジタル化したのは2・3年前で、量が多かったので半年かけて進めました。家にあったアルバムを全部スキャンしてデータ化したと同時に、アルバム(アナログ写真)は全部捨ててしまいました。
最近は、写真撮影は子供達がして、私がまとめてDVDに焼いて息子の嫁の実家などに送ってあげたりしています。長年ITに関わっているとデータ化することに抵抗はありません。
今回、私が失敗したなと思うのは、DVDにバラバラには焼いていましたが、全部をバックアップとっていなかったことです。
今回特に取り出したかったデータは、私が生まれた頃からの古い写真です。当時は戦時中でしたので写真を撮るなんて悠長なことは出来ませんでしたが、終戦後の歩き始めた頃からの写真が100枚超えるくらいありました。物心ついた頃、写真が好きな叔父が病気で亡くなってしまいましたが、母も写真好きでそれを引き継ぎ、沢山撮ってくれていたので、写真に“人生”が残っていました。
富士通に勤めていた頃は国内外の出張が多く、ヨーロッパ、東南アジア、アメリカなどそれぞれの思い出が詰まった写真が多く、その懐かしい思い出から現在に至るまでの写真が全部詰まっていました。
会社員時代は分からないことや、困ったことはそれぞれの専門が全部やってくれていたので、パソコンに関すること全ては自分で退職してからいじるようになりました。自分で事業をしていた関係でパソコン操作は苦に感じないので、今でも暇をもて余すことはありません。(あまりいじくり回しすぎるから)HDDを壊す機会も増えちゃいました(笑)
データ内には写真の他にドキュメントやメモなどがあり、メモは“様々な情報”というタイトルで200くらいありました。備忘録のようなデータです。
他には税金の申告用・医療費などの生活データが入っていました。
8mm記録動画も多く、それをスクリーンに映して動画に撮ってデータ化したり、結構苦労しました。
最近、検査入院した時も、病気での入院ではないので暇で仕方なく、ノートパソコンを持ち込んで写真をずっと眺めていたくらいです。私からパソコンを取ったら手足をもぎ取られた感覚になります。
最近は、写真撮影は子供達がして、私がまとめてDVDに焼いて息子の嫁の実家などに送ってあげたりしています。長年ITに関わっているとデータ化することに抵抗はありません。
今回、私が失敗したなと思うのは、DVDにバラバラには焼いていましたが、全部をバックアップとっていなかったことです。
今回特に取り出したかったデータは、私が生まれた頃からの古い写真です。当時は戦時中でしたので写真を撮るなんて悠長なことは出来ませんでしたが、終戦後の歩き始めた頃からの写真が100枚超えるくらいありました。物心ついた頃、写真が好きな叔父が病気で亡くなってしまいましたが、母も写真好きでそれを引き継ぎ、沢山撮ってくれていたので、写真に“人生”が残っていました。
富士通に勤めていた頃は国内外の出張が多く、ヨーロッパ、東南アジア、アメリカなどそれぞれの思い出が詰まった写真が多く、その懐かしい思い出から現在に至るまでの写真が全部詰まっていました。
会社員時代は分からないことや、困ったことはそれぞれの専門が全部やってくれていたので、パソコンに関すること全ては自分で退職してからいじるようになりました。自分で事業をしていた関係でパソコン操作は苦に感じないので、今でも暇をもて余すことはありません。(あまりいじくり回しすぎるから)HDDを壊す機会も増えちゃいました(笑)
データ内には写真の他にドキュメントやメモなどがあり、メモは“様々な情報”というタイトルで200くらいありました。備忘録のようなデータです。
他には税金の申告用・医療費などの生活データが入っていました。
8mm記録動画も多く、それをスクリーンに映して動画に撮ってデータ化したり、結構苦労しました。
最近、検査入院した時も、病気での入院ではないので暇で仕方なく、ノートパソコンを持ち込んで写真をずっと眺めていたくらいです。私からパソコンを取ったら手足をもぎ取られた感覚になります。
データを失った時の気持ち
どこか他を探せば保存したデータがあるかも知れないと思っていましたので、データがなくなった時は、動揺はしませんでした。ただし、出来ることなら復旧したいと思いました。
データが戻ってきた時の気持ち
データ復旧が出来てデータが手元に戻って来た時は、単純に嬉しかったです。見事ほぼ100%復旧してもらえて思っていたよりも復旧率が高かったです。本当に一部だけ文字化けがありましたが、点数つけるなら99点くらい!復旧できた時、妻は冷静でした(笑)
今では妻も自分のパソコンでスライドショーにして写真を見たりしてますし、孫達に昔の写真見せると大変喜ぶので復旧しておいて本当に良かったと思います。
今では妻も自分のパソコンでスライドショーにして写真を見たりしてますし、孫達に昔の写真見せると大変喜ぶので復旧しておいて本当に良かったと思います。
もしデータ復旧できていなければ
あっちこっちにバラけているバックアップを寄せ集めれば50~70%くらいは見つかるはずなので、地道に探していたと思います。
DDRを選んだ決め手
他社のHPも見た気がしますが、あまり覚えておりません。特に重視した点は「専門」の会社であるかどうかです。専門でやっているところは技術がしっかりしていると思いました。数十年付き合ったコンピュータ感覚から、的を絞る感が働き、あれもこれもやっているところは逆に信用できませんでした。
DDRは復旧一筋でやっているから信用できると思い、最初メールで問い合わせしました。機器を郵送しましたが、やはり料金はそれなりにかかるので妻には「写真は諦めよう」って言われましたが、「10数万で直るなら直してもらおう」と話したら「好きにしなさい!」って言われました(笑)
DDRは復旧一筋でやっているから信用できると思い、最初メールで問い合わせしました。機器を郵送しましたが、やはり料金はそれなりにかかるので妻には「写真は諦めよう」って言われましたが、「10数万で直るなら直してもらおう」と話したら「好きにしなさい!」って言われました(笑)
DDRのデータ復旧サービスを利用して感じたこと
まずは銀座の一等地、一流の場所で拠点を構えているのでそこそこの体力がある会社だなと思いましたし、一番大事なのは信頼でしょうね。郵送でデータを送ってもらった時も、その取扱いや説明も良かったです。最近はデータ流出が不安材料なので。
復旧後の対策
DDRに機器を送ってからすぐ新しいHDDを買って待ち構えていました。また同じIO-DATA製の外付けHDD(3TB)です。壊れた原因が何かわからないので、また起こりうる可能性があると思い、修理ではなく新しいHDDを購入しました。
最後に一言
やっぱり安心をどう伝えるか。“情報漏洩は一切していません”ということも文字にすると当たり前ですが、とても安心します。